モリユリの空飛ぶレター第27弾! 2011/5

海と空とその中のすべてのものを御創りになった主を讃えます。
3月11日以降、震災一色の日々が続いています。
阪神大震災で弟を失ってから、国内外の被災地に出向き、歌い続けてきました。今、この日本を大きく揺るがす大震災を前にして、突き動かされるような気持ちで支援活動に奔走しています。
元々のスケジュールに加えての支援活動ですので、肉体的にはかなりきついですが、今こそ立ち上がるべき時が来た使命感に燃やされています。
皆様の熱いお支えに深く感謝しつつ、2度にわたって被災地に赴いての慰問活動を中心にご報告させて頂きたいと思います。


1.4月3日〜7日第1回被災地慰問




4日(月)支援物資満載の車で仙台集積所へ到着。たくさんのボランティアさんたちが働く倉庫で、避難所に行くまでの間、少しお手伝いさせて頂く。段ボール箱のふたに、「頑張ってください」「上を向いて生きてください」等のメッセージが書かれてあり、それだけでジーンとしてしまう。
最初の避難所は、八軒(はちけん)中学校。
各教室に30人位ずつ分かれて避難生活をしておられる。ここでどうやって歌い出したらよいのか、とても勇気が要った。でも、「皆さん、震災本当に大変だったと思います。私も16前の阪神大震災で弟を失いました。皆に支えられ、今日まで生きることができました。心を込めて歌います。」そう言って歌い出すと、下を向いていた方々が、次第に顔を上げられ、耳を傾けられる。歌い続けると、皆さん涙を浮かべて聴いて下さり、手で顔を覆うように泣かれる方、タオルで目を押さえながら聞かれる方、最後は号泣される方も。まるで砂漠に水が沁みこむように、歌声が皆さんの心に入っていくのを感じながら、どんなに心が乾いておられるかを思わされた。正直、これほど心の救援物資が必要だとは思わなかったので、歌を届けることのできたこの瞬間を自分自身が、驚きと感動を持って受け止めた。
その日、避難所内2箇所の教室で歌の慰問。「今日は、別の避難所で娘が見つかったんです。歌も聴けたし、立ち上がる日になりました」と嬉しそうに話して下さったご婦人の顔が忘れられない。
翌日5日(火)は、石巻へ。関西テレビの取材もあり、日和山公園の高台から下の町を見る。壊滅状態になった町の様子は、言語に絶するが、それ以上に、ここから自分の家が流されるのを見ていた方々の気持ちはどんなだったろう。言葉にならない思いを抱えて、門脇(かどのわき)中学校避難所へ。
ここは、体育館が避難所で、足の踏み場も無いほど人と荷物で埋め尽くされていた。最初に声をかけたおばあさん、返事は一言、「寒いんです。」板張りの上に、直接毛布をひいて座っておられるおばあさん、背中をさすってあげるしかできなかった。
ここでも歌い出すと、寝ていた方が、むっくりむっくり起き出して、真剣に聴いて下さる。体育館中を歩き回って歌い続けた。みんな家を失った方々、家族失った方々、仕事失った方々。皆の痛みがひしひしと伝わってくるような中で、歌うことはつらいけど感謝なこと。涙が心を繋いで空気が一つになるのを感じた。
午後は、湊(みなと)小学校。4箇所の教室を回って歌う。3週間以上お風呂に入っていない方がほとんど。「お風呂に入ったように、心洗ってもらったわ」の言葉が嬉しい。
お一人お一人と話すと、それぞれが重い。従業員12人全員失った町工場の社長さん、旦那さんも家も目の前で流された方、「娘が遺体で見つかりました」私の胸で泣かれたご婦人…共に泣くしかできなかった。

最後の日6日(水)は、塩釜、多賀城へ。天真(てんしん)小学校の子供たちと歌う。
子供は元気だ。「家無くなったけど、新しい家になるからうれしいわぁ」いつでも前向きな子供たちは、日本の希望だと思った。同じく体育館の避難所でも歌う。歌う直前、ビニル袋二つだけを手に提げたご夫妻が別の避難所から回されて来られた。しかし、「こちらの避難所では聞いてません」との対応。どうしてよいかわからず呆然とするご夫妻。こんな悲惨なことが数え切れないほどあるのだろう。色んな思いを持って、歌を聴かれる人々。その涙の中に、人生の重さを見た。
でも、皆さん頑張っておられる。帰り際、校庭から校舎を見上げると、なんと教室の窓、窓から手を振って下さっている。「ユリさーん。ありがとうー!がんばるからなー。がんばれよー!」大声で叫びながら手を振ってくれる方々。家も仕事も失って大変なのに、こんな私に頑張れよ!と励ましてくださる。涙が溢れ出た。人間ってなんてすごいんだろう、なんて美しいんだろうと思った。「また来て、歌聞かせてな」の声に、去り難い思いで被災地を後にする。その週末は大阪でのチャリティコンサート。でも絶対すぐ来るからね…、皆さんの笑顔が涙でにじんだ。









2.4月9日大阪チャリティコンサート&4月16日東京チャリティコンサート

大阪と東京において、東日本大震災チャリティコンサートを開催、どちらも豊かに祝された時となりました。
大阪では、大阪クリスチャンセンターのご協力を得て、向日かおりさん、安田美穂子さん、吉村美穂さんにご出演頂き、音響さん、照明さん、ボランティアの方々一丸となって熱い思いが被災地に届けられました。
東京は、関東メロディ会10周年も兼ねたイベントで、いのちのことば社のご協力で、本田路津子さん、ビョン・ホギルさん、西由紀子さんがご出演くださり、会場いっぱいの方々と共に、深い祈りの時となりました。皆様に心から感謝申し上げます。

 

 

3.4月17日〜21日 第2回被災地慰問




東京でのコンサート後、そのまま東北に向かって走り、翌日17日インマヌエル仙台教会へ到着。喜びの再会をし、共に証と祈りの時を持つ。この教会員のご婦人は、あの志津川病院の5階に避難して奇跡的に助かった方。「4階まで水が来て、皆流されてしまった。5階に逃げてこられたのは、間一髪、神様の奇跡です。」
18日は、福島県との県境「山元(やまもと)町」へ。原発に近くなるので、少し怖い気もしたが、JIFH、本郷台キリスト教会、民生委員の方々、個人ボランティアの方々、総勢20名以上のチームで心強い。自転車や物資を届け、坂元(さかもと)中学校では炊き出しもして支援する。私はその前に、山元町公民館の食堂で歌う。食事の世話をする地域のご婦人たちも皆被災者。
「ここは小さな町だから、なかなか慰問も来ない。よう来てくれたなぁ」
「家流されたけど、こんな遠くから応援に来てくれるなんてありがたいよ」
本当に、来て良かった。怖いなんて思った自分を反省する。

坂元小学校の体育館でも歌い、できるだけ一人ひとり回って言葉を交わす。足に包帯をしたご婦人は、なんと一晩中海水に浸かっていたそうだ。翌朝10時半くらいに助け出され、もう少し遅かったら足を切断しなければならなかったそうだ。トラクトを渡し、祈らせて頂く。炊き出しの玄米ご飯を配りながら、皆の笑顔が嬉しかった。

19日は、朝5時半出発で気仙沼へ。8時50分頃から夕方4時まで、4つの老人ホームを回り、歌い続けた。キングスガーデン、恵風荘内で3箇所、恵潮苑内で4箇所、キングスタウン内で2箇所の計10箇所で歌う。2つのケアハウスは流されたため、いくつかの施設に分散して暮らしておられ、食堂もホールにもベッドがあって、寝る場所になっている。お世話下さった施設長の森先生も、職員の方々も、皆被災者。一日に10回のコンサートは、私の人生最高記録。それでも、ご老人たちの気持ちを思うと、私がしんどいなんて言っていられない。
「家族も家も失って、私は85歳でひとりぼっち、何で生きているんだろう」そう言って泣くおばあさん。「生きていること自体がすごいことですよ」と言ってイエス様にお祈りすることができ、その後全員の方々にトラクトと御言葉のしおりを渡すことができた。
夕方歌い終わったらフラフラだったけれど、喜びも溢れた一日。感謝しつつその夜は、花巻に移動。
20日は、花巻から釜石へ。新生釜石教会に到着後、すぐ近くののぞみ病院8,9階避難所へ。そこで歌のひと時を過ごした後、なんとお寺の避難所で歌うことに。テレビでは見ていたけれど、まさか自分がお寺で歌うとは、思わなかった。柳谷先生、田村先生の『祈ってますよ』の言葉に励まされ、本堂で歌う。
「ここは畳敷きだから体育館より温かい。みんな家族みたいで一緒に笑い合えるけど、仮設に行ったら寂しい」とため息をもらす奥さん。この本堂で、同行して下さった本郷台キリスト教会のゴスペルシンガー大和田広美さんが、柳谷先生の詩に曲をつけて歌ってくださったことも励ましの時だった。その後、新生釜石教会のチャペルでコンサート。
支援物資が山積みになり津波の爪痕の残る礼拝堂で賛美できたことは、本当に嬉しかった。先生も教会の方々も皆疲れておられる。でも信仰者として主をまっすぐに仰いでおられ、凛とした輝きを感じた。
最後に、柳谷先生がこんな提案をされた。
「今まで人に対する慰めを歌ってこられたと思いますが、この震災の瓦礫の真ん中で、
ただ主に対してのみ賛美を捧げてほしい」その言葉に深く頷き、数名で釜石の最もひどい被災地区へ。寒い風の吹く瓦礫の中に立ち、ただ主に向かって賛美を捧げた。皆で輪になって祈りを捧げた時間は、どんな美しいチャペルでも味わえない、気高い主への礼拝の時となった。16年間震災と共に歩んできたが、この瓦礫の中の賛美にすべてが繋がっているような気がした。
―揺れ動く地に立ちて、なお十字架は輝けり―聖歌「遠き国や」の歌詞が、今もずっと心に響き続けている。










4.「モリユリ東北関東大震災義捐募金」報告(4月26日付け)

多くの方々からのご支援をありがとうございます。募金立ち上げから一月半経ちましたので、添付ファイルのように現在の支援活動報告をまとめました。どうぞご確認くださいませ。
また、現地ではまだまだ必要が大きい状況ですので、私共も最善を尽くして物心両面の必要を届けてまいりたいと思います。引き続きご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。→添付へ

お振込先:三菱東京UFJ銀行 有松出張所 普通口座番号:3714732 名義:モリユリ活動支援基金   
または
ゆうちょ銀行 振替口座 00930-6-158776 名義:一般社団法人モリユリ・ミュージック・ミニストリーズ
モリユリHPお知らせ欄の、「東日本大震災義援金 送金連絡フォーム」を御利用頂ければ感謝です。

★ 4月13日(水)関西テレビニュースアンカーにて、モリユリの被災地慰問の様子が特集として取り上げられました。とても良い内容に編集下さり、私共も感動しつつ拝見しました。番組に関するお問い合わせは、当事務所まで。

★ EHC(全国家庭文書伝道協会)制作のトラクト、「心の傷とおして」が被災地で用いられています。
また、この春発売となったCD付きトラクト「永遠のふるさと」も好評で、感謝しております。現在製作中のトラクトと合わせて、多くの方々の心にイエス様の愛が届く道具として用いられますようお祈り下さいませ。

★2011年5月の予定★



4日(水)〜12日(木) モリユリと行くイスラエルツアー(OCC主催)
20日(金) ハンガーゼロチャリティコンサート:大阪大会
21日(土) 第50回超祷会全国大会
22日(日) ハンガーゼロチャリティコンサート:広島大会
23日(月) MMM祈り会
25日(水) 聖学院大学コンサート
26日(木) 目からウロコシリーズDVD収録:東京
28日(土) 関西メロディ祈り会
29日(日) 阪神チャペルセンターチャリティコンサート
30日(月) 福岡:西南学院大学懇親会
31日(火) 西南学院大学チャペル講話、夜:コンサート


 
♪お祈りください♪



*5月4日〜12日「モリユリと行くイスラエル・ヨルダン歌の旅」の為に。参加者全員の健康が守られ、事故もなく、心一つになれる楽しく素晴らしい旅となりますように。おひとりお一人が、主から霊的な恵みをいっぱいに受ける旅ですように。

*被災された方々、家族や知人を失われた方々、直接的、間接的に震災により苦しんでおられる方々の上に、主の慰めと力強い支えがあり、一日も早い復興が成されますように。

*EHC(全国家庭文書伝道協会)より発売された新トラクト「永遠のふるさと」と、震災支援トラクト「心の傷をとおして」が、多くの方々の心の励ましとなり、主への架け橋として用いられますように。

*かなりハードな日々が続いていますので、モリユリとスタッフの健康が支えられますように。

*人の魂に届く賛美を捧げることができますように。また油注がれた新しい歌が与えられますように。

*社団法人モリユリ・ミュージック・ミニストリーズとメロディ会の歩みを主が祝し、更に神様の働きとして歩んでいくことができますように。特に経済が満たされ、支えられていくことができますように。

愛する皆様の上に、生きておられる主の御手が豊かにありますようお祈りしています。
温かいお支えを心より感謝しつつ、シャローム!
                                          森 祐理
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